■ヒビノアワ■

あいさつ通り。

今朝の出来事。
家を出て近くの交差点に差しかかった。信号は赤。
横断歩道の前には二十代後半の女性が一人立っていた。
僕もその女性の隣に並び信号が青に変わるのを待つ。
不意に彼女が振り返り、僕を見た。
「おはようございます」
彼女が言った。特に変わったところもない普通の女性だった。

ぎこちなく笑顔を作り、僕もあいさつをかわす。
――でも、誰だっけこの人。
近所の人ではないよな？　行きつけの飲み屋の店員でも、常連客でもない。
誰よ？
激しく記憶を辿る僕。
そんな僕の状態に気が付いたのか、彼女は薄く笑って、
「あ、ここ『あいさつ通り』って書いてあったので、あいさつしただけですから、気にしないでください」
――あいさつ……通り。
確かに、そんな名前をつけた通りはある。
でも、ここの通りそんな名前だったか？
というか、そもそも『あいさつ通り』で、ほんとに知らない人同士がこんな風にあいさつをかわすのは自然なのか？
ないだろう。普通。
となると、あれだ。この後、「今幸せですか？」とか「手相の勉強中で」などという会話の流れになって行くに違いない。
などと、僕が激しく思考を弄んでいるうちに信号は青。
すたすたと彼女は横断歩道を歩いて行く。
振り返りもしない。
――今のナニ？　何的出来事？
あいさつしたかっただけなの？
『あいさつ通り』だから？
……正直ワケ分かりません。
もしかすると、僕はちょっと奇妙な世界に入り込んでしまったのかも知れません。
今日、変なことが起こらないといいな（はぁと）。